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専修寺 関東別院

専修寺 関東別院

格式高く由緒ある寺院、最寄り駅から徒歩2分です。
専修寺関東別院は、真宗高田派の全国8カ所ある別院のひとつです。境内は平坦でお参りもしやすく、京浜急行本線「六郷土手駅」から徒歩2分とアクセスも良好です。
種類

一般墓永代供養墓納骨堂 東京都

寺院名 専修寺 関東別院 宗旨 その他宗旨
住所 〒144-0056 東京都大田区西六郷4-22-12 利用総額 199万円~
HPhttp://www.senjuji.or.jp/betsuin/kanto.php
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お墓のご利用料金

大きさ 永代使用料(非課税) 石種 工事代金(税込) 合計(税込)

0.41㎡

(カロート付き)

1,000,000円

623

990,000円

1,990,000円

年間管理費 6,000円~/年

ローンの取り扱いもしております。詳しくはお問い合わせください。
大きさ 永代使用料(非課税) 石種 工事代金(税込) 合計(税込)

1.17㎡

1,500,000円

623

1,650,000円

3,150,000円

大きさ 永代使用料(非課税) 石種 工事代金(税込) 合計(税込)

1.63㎡

2,100,000円

623

2,035,000円

4,135,000円

専修寺 関東別院ヒストリー

 文政年間第18世円遵上人御在世時代、江戸神田練屏町に創設されました。当時は、「門跡寺」と尊称され、格式の高い寺院として、江戸町内に知られ、常在説教にも参詣者が多く、常にお堂に満ちていたといわれております。報恩講、又17年目の「一光三尊仏御開帳」には参詣者列をなし、練屏さんの名で知らぬ者はなかったといわれております。

明治22年、堯熙上人は憲法発布祝賀の為、上洛練屏の別院に宿泊され、3月2日、東西本願寺門主と共に参内、明治天皇に拝謁、御祝詞を言上されました。大正12年9月1日の関東大震災に遭遇して全焼し、区画整理と国鉄秋葉原駅増改築の為、境内地の大部分を失う事となります。浅草公園に於ける、各派合同の釋尊降誕花まつりにも参加して、教線は拡張されましたが戦災にあい焼失する事となります。これより先既に六郷町には関東別院の建設計画が進められており、1万坪の土地を、六郷川河畔に買収し墓地の創設と礼拝堂も建立されました。当時横浜別院も災害を受けていたので、之を吸収して関東別院の本格的な大計画が行われ、昭和28年当時としては大変な努力で、本堂庫裡が落成し、英心光が初代輪番として就任しました。その間、岡道光、谷徳淳、松山親彦、長井眞琴、加藤忍海、山中見道、永忠雄、長元孝等、それぞれ関東別院復興局長、或いは東京出張所長に就任して復興に尽力今日の別院の基礎を築かれました。昭和30年には入野広宣輪番に任せられ、鐘楼堂の落成を見て、東京高田婦人会が設立されました。昭和41年山中浩文輪番に就任、同40年には「一光三尊仏」をお迎えして開帳が 行われ、法主猊下の御親修にて盛大に法要が厳修されました。昭和48年9月より壱億五千万円を以て、本堂の建立並庫裡の改築事業に着手、昭和50年10月に落慶し今日へ至ります。

 

アクセス

〒144-0056 東京都大田区西六郷4-22-12

 

・京浜急行本線「六郷土手駅」徒歩2分。

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